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アントニオ・ザンブージョについて、音楽評論家の渡辺亨さんよりコメントをいただきました。

7月7日(金)に開催する「アントニオ・ザンブージョ〜郷愁の歌声〜」に出演するポルトガルの国民的シンガー、アントニオ・ザンブージョについて、音楽評論家の渡辺亨さんにコメントをいただきました。

(アントニオ・ザンブージョの動画はこちらからご覧いただけます。)

 

「遠いようでいて近く、近いようでいて遠い━━ポルトガルとブラジルは、このような関係にある。
言うまでもなく、ポルトガルとブラジルは、距離的には遠い。また、歴史的には、ブラジルは1500年にポルトガルの艦隊によって偶然“発見”され、16世紀から19世紀末までに至る長い間、宗主国と植民地という関係にあった。つまり歴史的な関係は深く、言語の面でも繋がっている。とはいっても、ポルトガルの公用語イベリア・ポルトガル語と、ブラジル・ポルトガル語は、文法や発音、単語などの点でかなり違いがある。
また、音楽に関しても、ポルトガルを代表する音楽はファドで、一方のブラジルはサンバ。この二つの音楽は、かなりかけ離れたものとして一般的には認識されているのだろう。しかしながら、ファドは、大航海時代にポルトガル人が異文化に触れたことによって生まれた音楽であり、ポルトガルの内部から生まれた民謡ではない。アフリカから奴隷として連れてこられた人々をはじめとする多様な人種と文化が混在しているブラジルとの出会いの中から生まれたポピュラー音楽(文化的混淆音楽)、それがファドだ。より具体的に言うと、ファドは、感傷的な歌謡モディーニャと軽快な踊りの音楽ルンドゥーを起源として、19世紀半ばに形成されたと言われている。
アントニオ・ザンブージョは、こんなポルトガルとブラジルの「遠いようでいて近く、近いようでいて遠い」関係を浮かび上がらせてくれる希有なアーティストであり、両国の音楽的な架け橋のような存在、と言っていいだろう。
アントニオ・ザンブージョは、1975年にポルトガル南部のアレンテージョ州ページャで生まれた。アレンテージョ州は、2014年にユネスコから世界無形文化遺産に認定された男女混声の合唱“カンテ・アレンテージョ”が根付いている地方で、ザンブージョ自身もこの伝統音楽のスタイルを取り入れてきた。
ザンブージョが世に出たきっかけは、ファドの大歌手アマリア・ロドリゲス(1920-99)の生涯をテーマにしたミュージカル『Amália』への出演で、彼はアマリアの最初の夫の役を演じた。ザンブージョは、この大きな評判を呼んだミュージカルへの出演を経て、2002年に『O Mesmo Fado』でデビューした。
通算3作目のアルバム『Outro Sentiago』(2007)は、ザンブージョが大きな音楽的飛躍を遂げた重要作だ。このアルバムには、ブルガリアン・ヴォイスの女性グループ、アンジェリーテとの共演による「Chamateia」という曲が収められている。ザンブージョは、ポルトガルのアゾーレス諸島の伝統音楽とブルガリア・ヴォイスの間に共通した感覚を見出したことから、アンジェリーテとコラボレートしたわけだが、幼い頃からカンテ・アレンテージョの合唱に親しんでいたからこそだろう。また、このアルバムでのザンブージョは、アマリア・ロドリゲスのレパートリーだった曲に加えて、ブラジルのヴィニシウス・ヂ・モライス&アントニオ・マリア作の「Quando Tu Passas Por Mim 」も歌っている。アラシー・ヂ・アルメイダをはじめ、ドリス・モンテイロやクリスチーナ・ブアルキ(シコ・ブアルキの妹)などが録音している曲だ。アラシー・ヂ・アルメイダ(1914-1988)は、30年代にノエル・ホーザの曲のインタープリターとして名を馳せたブラジルの女性歌手である。
ザンブージョは、この『Outro Sentiago』によってポルトガルのポピュラー音楽の最前線に躍り出て、なおかつ世界に大きく羽ばたいた。『Outro Sentiago』は、09年にイヴァン・リンス、ホベルタ・サー、ゼ・ヘナート、トリオ・マデイラ・ブラジルとのコラボレーション音源を3曲追加した形で、ブラジルでもリリースされたのだ。するとザンブージョのクルーナー・ヴォイスと洒脱な音楽は、カエターノ・ヴェローゾの耳に届き、「僕はもっともっとアントニオ・ザンブージョの歌を聴きたい」と賞賛された。
この後、ザンブージョは、ブラジル音楽やほかの地域の音楽との関係をよりいっそう深めていく。たとえば次のアルバム『Guia』(2010)では、ホドリゴ・マラニャォンの「De Mares E Marias」を歌っている。ホドリゴ・マラニァォンは、ブラジルの国民的歌手だったエリス・レジーナの娘マリア・ヒタに自作の「Caminho das Aguas」を取り上げられたことで名を挙げたリオデジャネイロ出身のシンガー・ソングライター。チェット・ベイカーを彷彿させる歌唱とジャジーなアレンジが光るザンブージョの「De Mares E Marias」は、『Guia』と同じ2010年にリリースされたホドリゴ・マラニャォンの『Passageiro』に収録されている曲だが、この年齢も比較的近い2人は同アルバムに収録されている「Quase um Fado」で共演している。
そしてスタジオ盤としては通算7作目にあたる最新作『Até Pensei Que Fosse Minha』(2016)は、カエターノと同世代の大御所シコ・ブアルキの作品集だ。このアルバムではシコ・ブアルキ本人に加えて、ホベルタ・サー、さらにはカルミーニョとそれぞれ一曲ずつデュエットしている。カルミーニョは、ザンブージョと同じく、ブラジル音楽に果敢にアプローチしている84年生まれのポルトガル人女性歌手。ちなみにザンブージョとカルミーニョは、アマリア・ロドリゲスのトリビュート盤『Amalia』(2015)にそれぞれ2曲ずつ参加していて、ザンブージョはカーボベルデ人女性歌手のマイア・アンドラーデ、カルミーニョはカエターノ・ヴェローゾとデュエットしている。
このようにザンブージョは、ファドやポルトガルの伝統音楽、ブラジル音楽、ジャズ、さらには中南米音楽、アフリカ音楽など様々な音楽に影響を受け、それらの要素を取り入れている。前作『Rua Da Emenda 』(2014)では、フランスのセルジュ・ゲンスブールやウルグアイのホルヘ・ドレクスレルの曲も歌っているのだから、このことだけでも、「ファド」や「ポルトガル」といった枠組みでは捉えきれない逸材であることが伝わるだろう。
ザンブージョの初来日は、2015年の〈ラ・フォル・ジュルネ・ジャポン〉でのこと。このときは、ザンブージョ(歌とギター)、コントラバス奏者、ポルトガル・ギター奏者、バスクラリネット&クラリネット奏者、トランペット奏者といった5人編成。このような他に類を見ないアンサンブルだっただけに、ファドとボサノヴァとジャズとクラシックの室内楽を同時に聞いているような錯覚を覚える瞬間すらあった。
ザンブージョの音楽を聴けば、誰もが郷愁を呼び起こされるだろう。ただし、その“サウダーヂ(saudade)”は濃密ではあるものの、悲しみの色が強過ぎることなく、だからこそ僕らはザンブージョの音楽にうっとりと聞き惚れる。ザンブージョの歌は、真夜中に口にする温かいミルクのように優しく甘やかで、しかも40過ぎの男性ならではの色気にもあふれているから。そんな極上のサウダーヂに浸れる初夏が、間もなくやって来る。」

 

アントニオ・ザンブージョ〜郷愁の歌声〜」はチケット好評発売中です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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